基本情報
| 住所 | 大阪府泉大津市神明町6 |
|---|---|
| 五畿八道 令制国 |
畿内 和泉 |
| アクセス | 南海本線泉大津 徒歩5分 |
| 地図 | |
|
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| 電話番号 | |
| FAX番号 | |
| 公式サイトURL | |
| 営業時間 | |
| 築城年 | 南北朝時代 |
| 築城者 | 真鍋主馬太夫 |
| 歴代城主 | 真鍋氏 |
| 代表紋 |
未登録
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| 天守の種類 | |
| 天守階数 | |
| 天守形式 | |
| 曲輪構成 | |
| 縄張形態 | 平城 |
| 廃城年 | |
| 指定文化財 | |
| 歴史・沿革 | 南北朝時代(1331年頃)に、楠木正成に仕えた真鍋主馬大夫(しゅめのだゆう)によって築かれたと伝えられています。真鍋氏は「真鍋水軍」として知られる有力な土豪でした。1584年(天正12年)の「大津松原合戦」では、わずか130余名の真鍋軍が、300隻の船で攻め寄せた雑賀・淡路衆の連合軍1,000余人を撃退したという記録が残っています。1595年、真鍋氏の城跡に「長泉寺(現在の南溟寺)」が移転してきました。江戸時代には、真鍋氏の子孫は紀州藩(徳川頼宣)の家臣となりました。 |
| お城情報 | 城としての遺構(土塁や堀など)はほとんど残っていませんが、南溟寺の本堂前に「眞鍋城址」の石碑が建てられています。南溟寺は江戸時代に伯太藩(渡辺家)の菩提寺となり、境内には歴代藩主の墓所があります。また、櫓(やぐら)のように見える特徴的な鐘楼など、城郭の面影を感じさせる建物が印象的です。 |
| 更新情報 | 【
最終
更新者】千 百万 【 最終 更新日時】2026/01/24 19:53:25 |
みんなの登城記録
みんなのおすすめ度 2.0|
登城日:
2026年1月23日
(千 百万さん) おすすめ度: ★★ |





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