三津屋城

大阪府大阪市淀川区三津屋中1丁目6−1 三津屋城の写真1

基本情報

住所 大阪府大阪市淀川区三津屋中1丁目6−1
五畿八道
令制国
畿内 摂津
アクセス 阪急神戸本線神崎川 徒歩6分
地図

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電話番号
FAX番号
公式サイトURL
営業時間
築城年 1336〜1340年
築城者 楠木正行
歴代城主 楠木氏、細川氏、三好
代表紋 未登録
天守の種類
天守階数
天守形式
曲輪構成
縄張形態 平城
廃城年 1570~72年
指定文化財
歴史・沿革 南北朝時代から戦国時代にかけて存在した平城で、1345年頃、南北朝時代の武将・楠木正行(楠木正成の嫡男)が砦を築いたのが始まりと伝えられ、1473年(文明5年)、正行の子孫とされる末広治郎左衛門が、楠木一族の菩提を弔うために城跡を寺院(現在の光専寺)に改めました。
標高がほぼ0メートルに近い平坦な土地に築かれた典型的な中世の平城で、「十三の渡し」と「神崎の渡し」の中間に位置し、河川を背後にした防御力の高い立地でした。
1549年(天文18年)、三好長慶が管領・細川晴元勢と激突した際、三津屋城は晴元側の細川晴賢や三好政長らが守る拠点となり、長慶はこの城を攻め落として一時的に本陣を置くなど、畿内の支配権を握るための重要な拠点として活用しました。
1570年〜1573年(元亀年間)、織田信長が三好三人衆や石山本願寺を攻めた際、その勢力下にあった三津屋城は攻撃を受け、この時期に城としての役目を終えたと考えられています。
お城情報 城郭としての直接的な遺構(石垣や堀など)はほとんど残っておらず、周囲は完全に市街地化されており、かつて城を囲んでいた堀も現在は下水道や道路に姿を変えています。 光専寺の山門前には歴史を解説する案内板(説明板)が設置されており、地域の歴史遺産として大切にされています。
更新情報 【 最終 更新者】千 百万
【 最終 更新日時】2026/03/09 21:21:36
 
※お城や神社、お寺など日本文化の専門企業が算出している日本唯一のオリジナルデータですので、ご利用になりたい法人様やマスコミの方々はこちらよりお気軽にご相談ください。

みんなの登城記録

みんなのおすすめ度 1.0
登城日: 2026年3月6日
(千 百万さん)
おすすめ度:
城趾は光専寺の境内で保育園が併設されており賑やかなでした。目立った遺構はなく、説明書があるだけです。

37

1

0
登城日: 2025年10月8日 13:20
(鉄鼠さん)
おすすめ度:

102

0

0
登城日: 2017年9月28日
(オレンジさん)
おすすめ度:

0

0

0

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