基本情報
| 住所 | 愛知県豊川市伊奈町柳38 |
|---|---|
| 五畿八道 令制国 |
参河 |
| アクセス | JR東海道本線西小坂井 徒歩21分 |
| 地図 | |
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| 電話番号 | |
| FAX番号 | |
| 公式サイトURL | |
| 営業時間 | |
| 築城年 | 享徳年間(1452〜1455) |
| 築城者 | 本多定忠 |
| 歴代城主 | 伊奈本多氏 |
| 代表紋 |
未登録
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| 天守の種類 | |
| 天守階数 | |
| 天守形式 | |
| 曲輪構成 | |
| 縄張形態 | 平城 |
| 廃城年 | 天正十八年(1590)? |
| 指定文化財 | 豊川市史跡 |
| 歴史・沿革 | 愛知県豊川市(旧小坂井町)にあった伊奈城(いなじょう)は、徳川家の象徴である「葵の紋」のルーツといわれる城跡です。 築城は室町時代の1440年頃、本多定忠によって築かれたと伝えられています。 代々「伊奈本多氏」の居城として続き、松平氏(徳川家)の東三河における重要拠点として機能しました。 1590年、徳川家康の関東移封に伴い、当時の城主・本多康俊も移ったため廃城となりました。 徳川家の「三つ葉葵」は、伊奈城に由来するという説が有名です。 松平清康(家康の祖父)が伊奈城を訪れた際、本多正忠が城内の池にあった「水葵(ミズアオイ)」の葉に肴を盛って差し出し、戦勝を祝いました。 これを喜んだ清康が本多家の家紋「立葵(たちあおい)」を譲り受け、後の「三つ葉葵」に繋がったと伝えられています。 |
| お城情報 | 現在は伊奈城趾公園として整備されており、歴史ファンが訪れるスポットとなっています。 本丸跡や土塁が残っており、木造の復元物見櫓が公園のシンボルとなっています。 花ヶ池は 葵の紋の由来となった池で、公園の北東にある花ヶ池公園として現存しています |
| 更新情報 | 【
最終
更新者】千 百万 【 最終 更新日時】2026/02/14 20:25:46 |
みんなの登城記録
みんなのおすすめ度 1.8|
登城日:
2026年2月13日
(千 百万さん) おすすめ度: ★★ 夜明け前の早朝の到着。暗くてよく見学はできなかったが櫓を写真に収めました。 | |||
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登城日:
2023年9月21日 21:25
(ささぴょんさん) おすすめ度: | |||
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登城日:
2023年5月27日 10:38
(オカドンさん) おすすめ度: ★★ | |||
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登城日:
2018年5月4日
(影武者さん) おすすめ度: ★★ 高速と電車が交わる平らな土地に、児童公園ほどの土地に模擬櫓が立っている 徳川の葵紋の発祥地 | |||
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登城日:
2010年2月28日 14:16
(よっすぃ~とさん) おすすめ度: ★ |





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