基本情報
| 住所 | 愛知県豊川市牧野町丁畑 |
|---|---|
| 五畿八道 令制国 |
東海道 三河 |
| アクセス | JR飯田線豊川 徒歩15分 |
| 地図 | |
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| 電話番号 | |
| FAX番号 | |
| 公式サイトURL | https://www.mito.or.jp/mito-intro/toyokawahistory/1east/4-1-10 |
| 営業時間 | |
| 築城年 | 応永年間(1394〜1428) |
| 築城者 | 牧野成富 |
| 歴代城主 | 牧野家一族 |
| 代表紋 |
未登録
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| 天守の種類 | |
| 天守階数 | |
| 天守形式 | |
| 曲輪構成 | |
| 縄張形態 | 平城 |
| 廃城年 | 永正2年(1505) |
| 指定文化財 | 豊川市指定史跡 |
| 歴史・沿革 | 牧野家の城です。 愛知県豊川市にある牧野城は、東三河の有力な土豪であった「三河牧野氏」の始まりの城です。 15世紀(室町時代)の応永年間、足利将軍の命で地頭として四国から移り住んだ田口(牧野)成富が築いたとされています。 成富が地名からとって「牧野」と改姓したことが、後に越後長岡藩主などになる牧野氏のルーツとなりました。 その後、牧野古白(成時)が拠点としていましたが、1505年に今橋城(現在の豊橋市・吉田城)を築いて移ったため、牧野城は廃城となりました。 |
| お城情報 | 土塁、堀 現在は豊川市指定の史跡となっており、 畑やビニールハウスが並ぶ住宅街の中にあり、一部に貴重な遺構が残っています。 最大で高さ3〜6m、長さ約30mにわたる大きな土塁が現存しており、土塁の南側には、空堀の跡と思われる窪地が確認できます。 土塁の上に「牧野城址」の石碑と豊川市観光協会などによる説明板が設置されています。 |
| 更新情報 | 【
最終
更新者】千 百万 【 最終 更新日時】2026/02/14 21:13:25 |
みんなの登城記録
みんなのおすすめ度 1.5
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登城日:
2022年4月28日
(本多百助さん) おすすめ度: ★ <今回の散策コース> 豊川稲荷(妙嚴寺)→徒歩25分→牧野城跡 戦国時代に東三河で勢力をふるった牧野氏が最初に築城した城です。 当時は近くを流れていた豊川の自然堤防の地形を利用して築城されました。 遺構はほとんど残っていないのですが、農地の中にポツンと突然高い土塁が現れます。これだけ農地開発が進んでいる中で、よくぞここだけ土塁が残っていたという感じです。 将軍足利義持の命により地頭となった田口伝蔵左衛門成富が、四国の讃岐から応永年間にこの地に来住し、城を築いて牧野姓を名乗ったと言われている。 周囲に堀をめぐらし豊川の水を引き入れ、掘った土で土塁を築いたいわゆる「かきあげ城」である。中に館を造り、南側に大手門を配した地頭館に近いものであった。 今橋城築城の永正2年(1505)に取り壊され、廃城になったと言われている。 | ||
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登城日:
2026年2月13日
(千 百万さん) おすすめ度: ★★ 夜明け前の到着で遺構等をゆっくり見学できなかったですが、情報では大きな土塁や空堀が残っているようでまた日を改めて訪れます。 |





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