基本情報
| 住所 | 福井県鯖江市屋形町 |
|---|---|
| 五畿八道 令制国 | 北陸道 越前 |
| アクセス | 福井鉄道福武線西鯖江 徒歩3分 |
| 地図 | |
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| 電話番号 | |
| FAX番号 | |
| 公式サイトURL | |
| 営業時間 | |
| 築城年 | 享保5年(1720年) |
| 築城者 | 間部詮言(まなべ あきとき) |
| 歴代城主 | 真鍋氏 |
| 代表紋 |
未登録
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| 天守の種類 | |
| 天守階数 | |
| 天守形式 | |
| 曲輪構成 | |
| 縄張形態 | |
| 廃城年 | |
| 指定文化財 | |
| 歴史・沿革 | 6代将軍・徳川家宣の側用人として幕政のトップにいた間部詮房(あきふさ)ですが、8代将軍・徳川吉宗の代になると失脚します。高崎藩から越後国村上藩(新潟県)へと移され、享保5年(1720年)に詮房が没すると、跡を継いだ弟の間部詮言(あきとき)に、吉宗から越前国鯖江への領地替え(転封)が命じられました。 当時の鯖江(西鯖江村)は人口200人ほどの寂れた寒村で、新領地は他藩の領地が複雑に入り組んでいたため、翌年に幕命による領地交換を行い支配地をまとめました。そして、北陸道沿いにあった幕府の旧代官所跡地を利用し、藩庁であり藩主の住居となる「鯖江陣屋」の建設を進めました。 |
| お城情報 | 通常の城下町は城を中心として同心円状に広がりますが、鯖江は北陸道沿いにすでに町家があったため、街道の両側に町家、その東側や西山山麓に武家屋敷が並ぶという、南北に細長い独特な陣屋町が形成されました。 幕末期の7代藩主・間部詮勝(あきかつ)は、幕府の要職を歴任し、天保11年(1840年)に老中に就任します。この功績により、間部家は念願の「城主格(じょうしゅかく)」大名へと昇格し、幕府から正式に「城」を建てる許可が下り、現在の「西山公園」の山頂に天守閣を構える立派な城郭を築く計画が立てられましたが、天保の大飢饉による財政悪化やその後の政局の混乱により、結局一度も着工されることなく終わり、幕末まで陣屋のまま推移しました。 |
| 更新情報 | 【
最終
更新者】千 百万 【 最終 更新日時】2026/06/22 21:33:57 |
みんなの登城記録
みんなのおすすめ度 2.0|
登城日:
2026年6月19日
(千 百万さん) おすすめ度: ★★ かつては広大な陣屋(鯖江城)がありましたが、現在は商店街の近くにある「古町公園」となっており、当時の敷地内遺構は残っていません。現在は「鯖江藩陣屋跡」の解説板と「願かけ地蔵」、そして陣屋の鎮守だった「屋形稲荷神社」が鎮座しています。 |








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