基本情報
| 住所 | 愛知県豊橋市老津町字西高縄 |
|---|---|
| 五畿八道 令制国 | 参河 |
| アクセス | 豊橋鉄道渥美線老津 徒歩2分 |
| 地図 | |
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| 電話番号 | |
| FAX番号 | |
| 公式サイトURL | |
| 営業時間 | |
| 築城年 | 1475年 |
| 築城者 | 戸田宗光 |
| 歴代城主 | 戸田宗光 忠次 |
| 代表紋 |
未登録
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| 天守の種類 | |
| 天守階数 | |
| 天守形式 | |
| 曲輪構成 | 連郭式 |
| 縄張形態 | 平山城 |
| 廃城年 | 1590年 |
| 指定文化財 | |
| 歴史・沿革 | 文明7年(1475年)、戸田氏中興の祖とされる戸田宗光によって築かれました。その後、宗光は田原城や仁連木城を築いて移りますが、高縄城は田原城を守るための重要な支城として維持されました。 永禄7年(1564年)、徳川家康が今川勢を駆逐して三河を統一する過程で攻略。家康は、天文16年の田原城落城を生き延びた戸田忠次を城主に任じました。 天正18年(1590年)、家康の関東移封に伴い、忠次が伊豆国下田(5,000石)へ移ったことで廃城となりました。 戸田氏はその後、松平姓を賜り戸田松平氏として信州松本藩主等を務めた家柄として続いていきます。 |
| お城情報 | 現在は学校(豊橋市立家政高等専修学校)の敷地となっています。本丸は現在の学校校舎が建っている中心部のあったとされ、台地の最も高い部分に位置します。四方を土塁と堀で囲んだ方形に近い形状だったと考えられます。 二の丸及び周辺の郭は主郭の西側に隣接して広がっていました。主郭を守るためのバッファゾーンとして機能し、現在は平坦な畑地として名残を留めています。 学校の北側から西側にかけて、空堀(掘切)や土塁の一部が良好に残っています。 学校の正門を入ってすぐ左手には標柱・石碑が設置されています。 |
| 更新情報 | 【
最終
更新者】千 百万 【 最終 更新日時】2026/02/18 19:37:36 |
みんなの登城記録
みんなのおすすめ度 2.0|
登城日:
2026年2月13日
(千 百万さん) おすすめ度: ★★ 豊橋鉄道老津駅から徒歩5分。城趾は高専学校の敷地となっております、土塁や堀切等の遺構は見学できませんでしたが、正門前に標柱があります。 |








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