(うしくぼじょう)

牛久保城

愛知県豊川市牛久保町城跡 牛久保城の写真1
愛知県豊川市牛久保町城跡 牛久保城の写真2
愛知県豊川市牛久保町城跡 牛久保城の写真3
愛知県豊川市牛久保町城跡 牛久保城の写真4

基本情報

住所 愛知県豊川市牛久保町城跡
五畿八道 令制国 東海道 三河
アクセス JR飯田線牛久保 徒歩1分
地図

※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
電話番号 0533-89-2206
FAX番号
公式サイトURL https://mito.or.jp/mito-intro/toyokawahistory/2south/4-2-16
営業時間
築城年 享禄2年(1529)
築城者 牧野成勝
歴代城主 牧野荒尾平左衛門
代表紋 未登録
天守の種類
天守階数
天守形式
曲輪構成
縄張形態 平城
廃城年 元禄13年(1700)
指定文化財
歴史・沿革 牧野家の城です。

牛久保城は平城で、東三河の雄・牧野氏の本拠地として知られています。
1529年(享禄2年)、一色城主だった牧野成勝によって築かれました。
戦国時代としては珍しく、武家屋敷や町人地を計画的に配置し、道には曲尺手(かねんて/直角の曲がり角)を設けるなど、近世城下町の原型とも言える構造をしていました。
牧野氏は当初、今川氏に属していましたが、後に徳川家康に臣従しました。後に越後長岡藩(新潟県)の藩主となる牧野家のルーツはこの牛久保にあります。
1700年(元禄13年)に廃城となりました。
お城情報 遺構はありません

JR飯田線「牛久保駅」のすぐ北側一帯がかつての城域です。
開発が進んだため、残念ながら土塁や堀などの明確な遺構はほとんど残っていません。
駅から徒歩数分の小公園に「牛久保城趾」の石碑と説明板が立っています。
近くの伊奈城(本多氏)と牛久保城(牧野氏)は、ともに徳川軍団を支えた有力な三河武士の拠点として、セットで語られることが多い歴史スポットです。
更新情報 【 最終 更新者】千 百万
【 最終 更新日時】2026/02/14 20:38:30
 
※お城や神社、お寺など日本文化の専門企業が算出している日本唯一のオリジナルデータですので、ご利用になりたい法人様やマスコミの方々はこちらよりお気軽にご相談ください。

みんなの登城記録

みんなのおすすめ度 2.8
登城日: 2025年3月9日 17:34
(山城あおばさん)
おすすめ度: ★★★★★
牛久保城は牧野家が築城した城で牛久保駅のすぐ近くにあり、石碑と案内看板が設置されています。 ・牛久保城の歴史 牛久保城は台地の端につくられた城で、南の沖積低地を一望でき、北には二重の堀をめぐらせていました。今の牛久保駅あたりが本丸の西の端にあたり、大手門が駅前あたりにあったと推測されます。城を取り囲むように侍小路、与力屋敷、その北に町人の町通り、周辺部に寺院などを構えていました。また、城に入る道は必ず曲尺手になっていました。また、牛久保城は一色城を取り込むようにつくられました。現在、当時の遺構は一切何も残っていません。しかし、牛久保駅周辺に「城跡」「大手」「城下」等の地名や、「善行院」「長谷寺」「東勝寺」「大聖寺」「熊野神社」「八幡社」等の寺社、牧野成定公廟、一色城の土塁跡などから当時の面影をしのぶことができます。 ・牛久保城の縄張等 牛久保城は台地の端につくられた城で、南の沖積低地を一望でき、北には二重の堀をめぐらせていました。今の牛久保駅あたりが本丸の西の端にあたり、大手門が駅前あたりにあったと推測されます。城を取り囲むように侍小路、与力屋敷、その北に町人の町通り、周辺部に寺院などを構えていました。また、城に入る道は必ず曲尺手になっていました。また、牛久保城は一色城を取り込むようにつくられました。現在、当時の遺構は一切何も残っていません。しかし、牛久保駅周辺に「城跡」「大手」「城下」等の地名や、「善行院」「長谷寺」「東勝寺」「大聖寺」「熊野神社」「八幡社」等の寺社、牧野成定公廟、一色城の土塁跡などから当時の面影をしのぶことができます。

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登城日: 2023年8月1日
(本多百助さん)
おすすめ度: ★★
〈今回の散策コース〉  豊川コロナワールド→牛久保城跡→  大聖寺(一色城跡、今川義元公胴塚)→  寺町公園(山本勘助養父屋敷跡)→長谷寺(山本勘助の墓所) 城の遺構は全く残っていません。本丸と考えられる場所に石碑が建てられ、説明看板が設置されています。周辺に今川義元、山本勘助といった有名武将に関連する史跡があるので、そちらも巡るのがいいでしょう。 おすすめスポット ①大聖寺 今川義元の墓所があります。 ②長谷寺 山本勘助の墓所があり、守本尊の摩利支天尊像が安置されています。 戦国初期に牧野氏により築城されたと伝えられます。代々牧野氏が城主を務めましたが、天正18年(1590)に牧野康成は徳川家康の関東移封に従って移動し、吉田城に入った池田輝政の支城となり、重臣の荒尾成久が城主となりました。関ヶ原の戦い後は天領となり、城内に代官所が設けられ使用されていましたが、元禄13年(1700)廃城となりました。 扇状台地の端に作られた平城で、南は下郷の地を一望でき、北には二重の堀を巡らせた城でした。城を取り囲むように武家屋敷が配置され、その北に町人の家が通りに面して連なり、周辺に寺院があって外敵に備えていました。戦国初期では珍しい城下町の機能を持つお城です。

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登城日: 2026年2月13日
(千 百万さん)
おすすめ度: ★★
夜明け前の到着。JR牛久保駅近くの城趾で暗くて遺構らしきものは分かりませんでしたが、説明板と石碑があります。

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登城日: 2024年12月15日
(アンドリーさん)
おすすめ度:

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登城日: 2024年4月15日
(本多百助さん)
おすすめ度: ★★

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