基本情報
| 住所 | 京都府京都市伏見区淀本町167 |
|---|---|
| 五畿八道 令制国 | 畿内 山城 |
| アクセス | 京阪本線淀 徒歩1分 |
| 地図 | |
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| 電話番号 | |
| FAX番号 | |
| 公式サイトURL | |
| 営業時間 | |
| 築城年 | 1623年 |
| 築城者 | 松平定綱 |
| 歴代城主 | (久松)松平氏 永井氏 石川氏 (戸田)松平氏 (大給)松平氏 稲葉氏 |
| 代表紋 |
未登録
|
| 天守の種類 | 1750年焼失 |
| 天守階数 | 5重5階 |
| 天守形式 | 独立望楼型 |
| 曲輪構成 | 輪郭式 |
| 縄張形態 | 平城 |
| 廃城年 | 1871年 |
| 指定文化財 | 京都市指定史跡 |
| 歴史・沿革 | 2代将軍・徳川秀忠の命により、徳川幕府が西国大名への備えと京都の防衛(二条城の補完)のために築いた「天下普請」のお城で、松平定綱が1623年に築城を開始しました。 伏見城が廃城となる際、その天守や櫓、門などの建物の多くが淀城に移築されました。 宇治川・桂川・木津川の三川が合流する湿地帯に築かれた、水に囲まれた「平城」で、本丸を二の丸、三の丸が同心円状に囲む「輪郭式」の配置を基本としています。四方を深い水堀で囲み、あたかも水上に浮かんでいるように見えたことから「淀の浮城」と称えられ、本丸の東側に巨大な曲輪を配し、防御を固めていました。 天守は伏見城から移築された5重5階独立望楼型で天守台に「張り出し」がある独特な形状でしたが、1750年の落雷で焼失し、その後は再建される事はありませんでした。 築城後は、親藩や譜代大名が次々と入れ替わりながら統治しましたが、1723年に稲葉正知が入封してからは、幕末まで約150年間、稲葉氏が城主を務めました。 1868年鳥羽・伏見の戦いでは、旧幕府軍は新政府軍に押され、本陣を淀城に移して立て直そうとしましが、藩主・稲葉正邦は江戸に不在で、城を守る留守居役は、旧幕府軍の入城を拒否。城門を固く閉ざしまし徳川幕府の敗北を決定づけました。 1871年廃藩置県により、淀城は役割を終え解体されました。 |
| お城情報 | 昭和から平成にかけて、本丸石垣や堀の修復が行われ、現在の「淀城跡公園」として整備され、本丸の石垣や堀、天守台が残っています。1987年には京都市指定史跡に指定され、京都市により計画的調査と修復が行われています。 |
| 更新情報 | 【
最終
更新者】千 百万 【 最終 更新日時】2026/02/22 19:41:41 |
みんなの登城記録
みんなのおすすめ度 2.8|
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