基本情報
| 住所 | 兵庫県川西市山下 |
|---|---|
| 五畿八道 令制国 | 畿内 摂津 |
| アクセス | 能勢電鉄妙見線山下 徒歩13分 |
| 地図 | |
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| 電話番号 | |
| FAX番号 | |
| 公式サイトURL | |
| 営業時間 | |
| 築城年 | |
| 築城者 | 塩川氏 |
| 歴代城主 | 塩川氏 |
| 代表紋 |
未登録
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| 天守の種類 | |
| 天守階数 | |
| 天守形式 | |
| 曲輪構成 | 連郭式 |
| 縄張形態 | 山城 |
| 廃城年 | 1586年 |
| 指定文化財 | |
| 歴史・沿革 | 築城は諸説あり、天禄年間(970年〜973年)に、清和源氏の祖・源満仲の娘婿である塩川仲義が新田城の支城として築いたという説と、南北朝時代に塩川仲章が築いた説や、戦国時代の天正7年(1579年)に塩川国満が改修・築城したとする説など、正確な時期については諸説分かれています。 戦国時代、塩川氏は多田院御家人の筆頭として、北摂(現在の川西・能勢周辺)に強い勢力を誇り、城主の塩川国満(伯耆守)は、永禄11年(1568年)に織田信長が上洛するといち早くこれに従い、本領を安堵され、信長の死後も豊臣秀吉に仕え、山崎の戦いなどで功績を挙げました。 しかし、天正14年(1586年)、隣接する能勢氏との領地争いが原因で秀吉の怒りに触れ、塩川国満は自害に追い込まれ、塩川氏は没落。山下城もこの時期に廃城となったと伝えられています。 山下城は標高184mの古城山(山下城)と、北側の向山(出城・一庫城)の二つのピークから成る大規模な山城で、主郭(本丸)の背後にある二重堀切や、斜面に彫り込まれた竪堀など、非常に堅固な防御機能を持っておりました。 |
| お城情報 | |
| 更新情報 | 【
最終
更新者】千 百万 【 最終 更新日時】2026/03/19 20:54:19 |
みんなの登城記録
みんなのおすすめ度 1.5|
登城日:
2026年3月6日
(千 百万さん) おすすめ度: ★★ 登山口から徒歩15〜20分程で登れました。登山口は分かりづらいので注意。山下駅から徒歩で訪れましたが、車の場合は近くの川西郷土資料館へ入館して(¥300)許可を貰って登りましょう。 | |||
|
登城日:
2025年3月12日 19:33
(てつさん) おすすめ度: ★ |








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